


「辺戸ノ安須森」の危機と現代の課題
2025年9月に「辺戸ノ安須森(アスムイハイクス)」が、国指定名勝「アマミクヌムイ(アマミクの杜)」に追加指定された事を記念し、国頭村教育委員会とアスムイハイクス共催にて、古代から現在までのこの地の姿をお伝えするパネル展が開催されました。ここではパネル展の中から、現代の課題をお伝えします。

「辺戸ノ安須森」の危機
土地開拓事業と安須森からの採石
辺戸ノ安須森周辺は、比較的平坦な地形が広がってはいましたが、治水の面などから耕作地に不向きなところとされていました。それを解消するため、「辺戸上原開拓事業」が、1950(昭和25)年から進められました。この事業は戦後国頭村における最大の土地開拓事業であり、1965年には宜名真ダムが完成、そこから辺戸上原全体に水をいきわたらせるために堰や水路、トンネルや水路橋が建設されていきました。その建設のため、国頭村では希少な石灰岩分布地である安須森の採石場としての利用が始まり、その一部が掘削され始めました。
「辺戸ノ安須森」と大城宗憲
1970年頃セスナ機で沖縄本島を視察した南都創業者の大城宗憲は、「辺戸ノ安須森」を上空から目にした際に現状が気になり、別の日に現地を訪れ、安須森が採石により破壊されていたことを目にしました。この山全体が学術的にも文化的にも貴重な場所であり、守るべきだと考えていた大城は、「山を守るためにはこの山の魅力を伝えていく必要がある」との信念から1971年に有限会社辺戸崎ランドを設立し、土地の名義人108名からの所有権移転作業や開発認可等に30年程の時を要し、2002年観光地 「金剛石林山(現アスムイハイクス)」としてオープンさせました。

大城宗憲(1936~2022)
「辺戸ノ安須森」新たな課題
仰ぎ見る聖地「辺戸ノ安須森」
過去の聞き取りによると、地元では古来頂上まで登って拝むということは行っておらず、神人(かみんちゅ=神に仕える、信仰を司る人)がいた戦前までは安須森の4峰のうちシノクセの中腹にある黄金洞(クガニガマ)と呼ばれる二つの洞窟を拝んでいたようです。その後も地元では安須森を仰ぎ見て祈りを行う「ウトゥーシ(お通し=遥拝)」で拝みを行ってきました。そのため頂上まで登る行為について「神様に対する不敬なふるまいである」と困惑している人も多くみられます。
近年設置された頂上の拝所
昔の航空写真を確認してみると、現在のシノクセ頂部の平場は1944年には無く1946年に見られる事や、当時を知る者の話しから、戦中に米軍により作られた平場であると考えられています。また地権者等から「1970年代前半まで頂上に何もなか った」という複数の証言があり、頂上の拝所は1970年代中盤以降にいつの間にか設置されたようです。しかしながらSNS等で頂上にある拝所があたかも古来の拝所かのような情報が拡散されてしまっています。


現代の課題と地元からの訴え
インターネットで「安須森 登山」などと検索すると、安須森の頂上への行き方と「頂上からの眺めは絶景」「頂上は地球の原初のパワー」「何かのパワーが目覚めるかも」といった感想が綴られているブログやSNSなどが多く見られ、それらの情報を頼りに本来登るべきではない聖地の頂上へ、安易に足を踏み入れる人が 後を絶ちません。 以前より地元からは「頂上は神様の場所であり登るべきではない」と訴えています。アスムイハイクスでも先人たちの精神性を尊び、頂上には登らず中腹から頂部を仰ぎ見て祈るスタイル(遥拝)を継承しています。
